灼爛のマハラジャ


山の天気は変わり易いとは言うが、突然ざぶざぶと降られては驚く他無い。
渇いた草を土を木々を濡らして行く其れは、オレの体をも浸食しようとする。
此奴ァ堪ったもんじゃあねェ、と、足早に雨宿り出来そうな場所を探した。
すると、丁度荒屋が目に入ったので、転がり込む様に中へ入る。

「やっ」

だが其の荒屋の奥の方に先客が居たのだった。寝そべる其れはピクリとも動かぬ、まるで死体。
───否、死体やもしれぬ。刹那走った稲光で、べっとりと血が見えた。
影に隠れてよく見えなかったが、仰向けで寝転んでいる其の男は、何処かで見た気がする。
何時だったか、昔確かに、。


膝立ちの儘、恐る恐る近付き、そっと顔を指でなぞる。
黄金色の乱れた長髪、オレよりも太い眉毛、刀傷で襤褸に成っちゃ居るが、独特の着物。
───嗚呼、此奴は確かに、。


胸の奥底で僅かに燻って居た感情が沸き起こる。もう一度、指で顔をなぞった。
すると如何だろう、僅かに男が反応を示したのだ。
然もよくよく観察して見れば虫の息程だが呼吸もして居る。

「……賽の目の三郎太」

呼び掛けると、ほんの少し唇の端が歪む。虚ろな瞼が微かに開いた。
見えない瞳が、厭らしく笑う。然して、何故貴様が、と問うた。

「何故も糞も、たまたま入ったまでだ。お前こそ何だ。死に損いか」

雨が更に激しく打ち付けて、僅かに、雨漏りして居た。
ぱたぱた、と落ちる雫は、未だ生暖かい血と混じり、斑模様を描き出す。
だが直ぐにまた赤が増して行くのであったが、。

三郎太は、大人しく嗤う。
然して、細かく繰り返す呼吸の隙間に、途切れ途切れの言葉を挟み込んで行くのであった。

───士官先でへまをして、其れから追っ手に不覚を取って。

全てを繋げると大方此の様なものだった。
相変わらず、同じ様な事ばかりして、莫迦な男だ、と思う。

「然し未だ息が有るたァ、お前さんもしぶといモンだ」

もう一度、金糸に触れれば、三郎太はゆっくり瞼を落とした。
力尽きたか、とも思ったが口がうっすらと開く。聞こえ難いので、顔を近付けた。

「最期によ、地獄に送ってやろうと思ってた奴と遭うたァな、」

───オレがお前をぶっ殺してやりたかった。
細い声の中にも殺意は十分過ぎる程に感じられる。同時に、如何しようも無い悔しさも混じって居た。
殺そうと思えば簡単に殺せて仕舞う距離に居るのに、指を動かす事すら儘ならぬ、。
過去に二度も殺し損ねた男と再び遭ったと言うのに、死に損いの己が許せ無いのだろう。

「哀れだな、三郎太」

もう一度、瞼が僅かに開く。凝乎と、覗いた瞳を見詰めた。力無く移ろう其れを、唯、見詰めた。
静寂が、雨音の隙間を塗って走る。ふ、と僅かに繰り返される呼吸が生暖かい。

「、嗚呼」




───初めて対峙した時よりも随分と大人に成った。此奴も、オレも。
野望に燃えて居たあの瞳ももう濁り、光を失いかけている。
凛々しい眉毛も苦痛に歪み、僅かに延びた無精髭が、草臥れて居た。
着物に乱雑に刺繍された文字を、己の武骨な指でなぞる。


不意に、三郎太が顎を上向けた。ほんの少し、唇が触れ合う。
もう一度、今度はオレが瞼を閉じて、触れた。
粉々に成った欠片を、瞼の裏で確固たる残像へと変化させる為に、。

互いに定めた領域を潰し合う事など、容易かった。また、互いに其れを知って居た。



「本当はずっとこうしたかったんだけどな、」



だからこそか、奴は最期にそう笑ったのである。
オレが伏せていた本音を聞く事も無く、。











(最期まで、なんて狡い男)










:::2009/06/01